1 はじめに

投稿日 : 2021.12.18


このブログでは、「光科学のノートから:イカのめだまからみえる自然の仕組み」として、光の科学に関係するごく基礎的な事柄を筆者の心覚えを兼ねてメモしました。物理学の伝統的な分類に従うと、幾何光学、電磁気学、相対論、電磁光学、光の量子論、量子論(主に、水素原子の電子、電子のスピン)などに含まれている話から、出来るだけ専門的な話は避けながら紹介しています。通常の量子力学の教科書の流れでは、水素原子からもっと重い元素の原子、更に複数の原子が集まった分子へと話が進みます。そして、分子となると化学や生化学の分野と融合してそれぞれのジャンルへと枝分かれしています。一方、多数の原子や分子が更に集まって固まったものが固体ですが、ここでも量子力学の対象は多岐にわたり、一般には固体物理学のジャンルの話題として拡がっています。そのようになると重要事項を選ぶことは簡単ではありません。

そこで固体物理での光科学という意味で、ブログの41から後の部分を切り離し、「励起子世界のうろうろ紀行」というブログとすることにしました。また、固体物理といってもとても広い分野なので、中でも光科学に直接関係する「励起子」という量子の世界を選んで紹介します。というのは、筆者は長年この量子に関係するごく限られた研究課題だけを生業として研究して来たに過ぎません。そこで、その中で印象的だった話題を紹介するにとどめます。

研究は一人でできるものではなく、ここで紹介する話題はすべて時々に縁のあった仲間と共同で行った作業で得られたものです。したがって、これは筆者個人の印象ですので、仲間たちがそれぞれにもった印象とは違う部分も多いと思います。その点をあらかじめお断りしておきます。そしてこの拙文が、彼らと一緒に研究できたことにたいする筆者の感謝のしるしになればと願っています。

これまで誰も扱ったことのない研究テーマでは、やること、なすことすべて新しい発見なので、説明も簡単です。しかし、そのようなテーマに巡り合える機会はそうあるものではありません。たいていは、筆者もそうでしたが、先人たちの残した研究成果の上に、何かすこしでも新しい展開が見つかった時に論文として発表されるもので、それが次の誰かの研究の動機になるものです。ですから、説明もどうしても専門的に狭くなるので、読者の皆さんの興味からは外れるかもしれません。しかし、実際の研究の現場では、巨大な魚を釣り上げることばかりを狙っては仕事になりませんから、それなりの形の獲物も無駄にはできません。そんな感じも味わっていただければ幸いです。

面白い話があります。湯川秀樹は日本で初めてノーベル物理学賞を授与されましたが、この影響は研究者の卵たちにも大きな影響を与えました。特に京都大学では、「湯川先生のような発見をするまでは論文など書けない」、ということを信じる風潮があった時代があるそうです。その結果、論文を書かずに長年留年?する学生や、いい仕事をしても論文を書かない若手の研究者がでて、これを「湯川効果」と呼んで困ったという話を聴いたことがあります。それでもまれにそういう学生さんが大発見をすることもあるので、さて、どちらがいいか? でも誰でもが大発見に出会うことはまれだということだけは確かです。といって頭から否定することはないと筆者は思います。最近はこのような人々を認める社会のゆとりが薄れてきているようで、かなり心配です。