21.人工乳
投稿日 : 2024.10.16
不幸にして乳母の乳を飲ますことができない場合には、しかたなく人工栄養を使います。
まずは獣の乳ですが、ロバ、ヤギ、馬、牛の内、ロバの乳が最も人の乳に似ているので望ましいものです。フランス・パリのある病院では、小児をロバの乳房から直接飲まして育てるそうですが、実際入手しやすいのは牛乳なので、一般にはこれを使います。
牛乳を使う場合、できるだけ成分を人の乳と同じようにしなければなりません。ここで、牛乳と人の乳との成分上の違いと、牛乳が人の乳に及ばぬ理由、そして、どのように牛乳を使うかについて説明します。
100分中の量
タンパク質 脂肪 糖 塩類
人の乳 2.0 3.4 4.8 0.17
牛乳 4.0 3.5~4 4.0 0.548
この表のように、牛乳の中にはタンパク質と脂肪、塩類が人の乳よりかなり多く糖分が少ないので、水で薄め糖を加える必要があります。
牛乳は搾乳時から時間がたっていますので、その間に黴菌が好んで繁殖したり、腐敗したりしますので、必ず一度煮沸によって殺菌する必要があります。
人の乳のタンパク質は、胃の中で軟らかな細かい形をとって消化しやすいものですが、牛乳のタンパク質は硬くて大きな塊になって消化がし難くなります。これはそういう性質なので仕方がないもので、人の乳に及ばぬところです。
このようなわけで牛乳を使う場合には、ぜひとも薄めて小児の胃腸を損なわないようにしましょう。これはなかなか難しいことですが、おおよそ次のように薄めればいいと思います。
最初の3週間:牛乳1に対して水3,
4週から8週:牛乳1に対して水2,
3か月から5か月:牛乳1に対して水1,
6か月から7か月:牛乳2に対して水1,
8か月以降:薄めなし
ただ、これは一つの目安ですから、小児の胃腸の様子を見ながら薄めたり濃くしたり調整するのです。
はじめて牛乳を飲ませるときには、胃が弱くても消化できるように薄めておきましょう。水の代わりに大麦やカラス麦の汁を濾してから使うこともあります。糖分としては乳糖や砂糖が使えます。分量はおおよそ5勺(~50mL)の牛乳に対して、1匁ぐらい(~4g)入れましょう。
前に述べたように、牛乳にはいろいろな病原菌が含まれているかもしれませんので、必ず一度煮沸して消毒しましょう。今ではスキクレト氏の乳汁殺菌器が最適です。この器具を使えば、夏でも腐敗することが少なく、手間も少なくなり、夜でも調合をしくじることが少ないので便利です。日本製のものも出てきて売っています。図のようなもので使用法は簡単ですが、使用は説明書に従ってください。
人工養育ではこの器具が便利ですが、入手できない場合は他の方法を使わなければなりません。
煮乳器はいろいろありますが、小児用として適当なものは少ないものです。ただ、銅の鍋で煮るは避けましょう。土鍋が適当です。
私はある家の小児に牛乳栄養法をとるようにと申したことがあります。往診しますと母親が、牛乳を飲ますとすぐに吐いてしまうといわれました。そこで仕方なく練乳を飲ませて、翌日再び往診しますと、牛乳を煮た鍋に青くなっているところがあるというのです。そこで鍋を見ると白い被覆のある鍋でしたが、ところどころ剥げていて、そこに緑青がでているようでした。そこで土鍋にすると吐かなくなったということがありました。
さて、ここで注意することは、一度に煮たからといっていつまでも腐らないというものではなく、夏などはよく腐ります。煮魚も腐るのと同じです。このことはよく注意しましょう。なお、土鍋で牛乳を煮るとして、表面に出る乳皮を取り除いてから煮沸した水でよく洗った瓶に入れ、栓をして水とか氷水に浸して冷やしておきましょう。
西洋では子供用ビーテルト(ビーデル)氏乳脂混合物などを飲ませて育てていますが、日本ではまだ入手が困難です。東京の中村某が調整牛乳を売っているそうです。
*日本における牛乳など乳製品の普及の歴史については、梅花女子大学の東四柳 祥子著『牛乳・乳製品の家庭生活への定着・浸透に尽力した人びと ~明治・大正期を中心に~』に詳しい。
コメント