21.人工乳

投稿日 : 2025.03.05


不幸にして乳母の乳を飲ますことができない場合には、しかたなく人工栄養を使います。

まずは獣の乳ですが、ロバ、ヤギ、馬、牛の内、ロバの乳が最も人の乳に似ているので望ましいものです。フランス・パリのある病院では、小児をロバの乳房から直接飲まして育てるそうですが、実際入手しやすいのは牛乳なので、一般にはこれを使います。

牛乳を使う場合、できるだけ成分を人の乳と同じようにしなければなりません。ここで、牛乳と人の乳との成分上の違いと、牛乳が人の乳に及ばぬ理由、そして、どのように牛乳を使うかについて説明します。

100分中の量
       タンパク質    脂肪     糖    塩類
人の乳       2.0    3.4    4.8   0.17
牛乳        4.0    3.5~4  4.0   0.548

この表のように、牛乳の中にはタンパク質と脂肪、塩類が人の乳よりかなり多く糖分が少ないので、水で薄め糖を加える必要があります。

牛乳は搾乳時から時間がたっていますので、その間に黴菌が好んで繁殖したり、腐敗したりしますので、必ず一度煮沸によって殺菌する必要があります。

人の乳のタンパク質は、胃の中で軟らかな細かい形をとって消化しやすいものですが、牛乳のタンパク質は硬くて大きな塊になって消化がし難くなります。これはそういう性質なので仕方がないもので、人の乳に及ばぬところです。

このようなわけで牛乳を使う場合には、ぜひとも薄めて小児の胃腸を損なわないようにしましょう。これはなかなか難しいことですが、おおよそ次のように薄めればいいと思います。
最初の3週間:牛乳1に対して水3,
4週から8週:牛乳1に対して水2,
3か月から5か月:牛乳1に対して水1,
6か月から7か月:牛乳2に対して水1,
8か月以降:薄めなし

ただ、これは一つの目安ですから、小児の胃腸の様子を見ながら薄めたり濃くしたり調整するのです。

はじめて牛乳を飲ませるときには、胃が弱くても消化できるように薄めておきましょう。水の代わりに大麦やカラス麦の汁を濾してから使うこともあります。糖分としては乳糖や砂糖が使えます。分量はおおよそ5勺(~50mL)の牛乳に対して、1匁ぐらい(~4g)入れましょう。

前に述べたように、牛乳にはいろいろな病原菌が含まれているかもしれませんので、必ず一度煮沸して消毒しましょう。今ではスキクレト氏の乳汁殺菌器が最適です。この器具を使えば、夏でも腐敗することが少なく、手間も少なくなり、夜でも調合をしくじることが少ないので便利です。日本製のものも出てきて売っています。殺菌器具.jpg図のようなもので使用法は簡単ですが、使用は説明書に従ってください。

人工養育ではこの器具が便利ですが、入手できない場合は他の方法を使わなければなりません。

煮乳器はいろいろありますが、小児用として適当なものは少ないものです。ただ、銅の鍋で煮るは避けましょう。土鍋が適当です。

私はある家の小児に牛乳栄養法をとるようにと申したことがあります。往診しますと母親が、牛乳を飲ますとすぐに吐いてしまうといわれました。そこで仕方なく練乳を飲ませて、翌日再び往診しますと、牛乳を煮た鍋に青くなっているところがあるというのです。そこで鍋を見ると白い被覆のある鍋でしたが、ところどころ剥げていて、そこに緑青がでているようでした。そこで土鍋にすると吐かなくなったということがありました。

さて、ここで注意することは、一度に煮たからといっていつまでも腐らないというものではなく、夏などはよく腐ります。煮魚も腐るのと同じです。このことはよく注意しましょう。なお、土鍋で牛乳を煮るとして、表面に出る乳皮を取り除いてから煮沸した水でよく洗った瓶に入れ、栓をして水とか氷水に浸して冷やしておきましょう。

西洋では子供用ビーテルト(ビーデル)氏乳脂混合物などを飲ませて育てていますが、日本ではまだ入手が困難です。東京の中村某が調整牛乳を売っているそうです。

ChatGPT:

この内容は、当時の乳児栄養に対する理解と技術を反映しており、現代の医学的見地と比較するといくつかの点で進歩があります。

1. 乳母の乳の代替としての動物乳
当時の推奨は、牛乳を使用する前にロバの乳が最も適しているとされています。現代医学では、母乳が最適な栄養源とされ、代替としては人工乳が推奨される場合がありますが、動物乳(牛乳やヤギの乳など)は、栄養成分が人乳と異なるため、特に乳児には適切に調整された人工乳が選ばれます。

2. 牛乳と人乳の成分比較
表に示された成分差異について、牛乳は確かにタンパク質と脂肪が多く、糖分が少ないですが、現代ではこれを補うために人工乳に乳糖や植物性油脂などが加えられ、栄養バランスを調整する技術が発展しています。また、牛乳に含まれる塩分が高いことは、腎臓の未発達な乳児にとって負担になるため、現代では乳児の腎臓に優しい成分を考慮して処方されています。

3. 牛乳の調整
牛乳を薄める方法に関しては、当時の説明が現代でも通用する部分がありますが、現代では人工乳がより精密に調整されており、調整の手間が省けるようになっています。現代では、牛乳を直接使用するのではなく、発展した乳児用粉ミルクを使用することが推奨されています。この粉ミルクは、乳児の消化能力に合わせてタンパク質の構造が変化しており、消化しやすくなっています。

4. 牛乳の殺菌
「牛乳を必ず煮沸して殺菌する」という点については、現代でも重要です。しかし、現代では乳製品が工業的に殺菌される過程(パスチャライゼーション)を経て出荷されるため、家庭で煮沸する必要はなくなっています。家庭での煮沸は、食品衛生の観点からも推奨されません。

5. 消化性の問題
牛乳のタンパク質が消化しにくいという点は正しく、特に乳児にとっては牛乳のタンパク質は消化が困難であることが分かっています。現代では、乳児用粉ミルクはこうした問題に対応するため、乳児の胃腸で消化しやすいように調整されています。さらに、乳糖不耐症やアレルギー反応に対応するために、植物性ミルクや加水分解乳なども登場しています。

6. 牛乳を飲ませる際の注意
現代でも、乳児に初めて牛乳を与える際は慎重に行う必要がありますが、現代医学では、牛乳は通常1歳を過ぎてから与えるべきとされています。それまでは母乳や人工乳が推奨されます。

7. 乳液殺菌器の使用
当時の乳液殺菌器の使用に関する記述は、現代の乳製品の加工方法や乳児用製品の衛生管理に対して示唆を与えます。現代では、パスチャライゼーション(低温殺菌)などの技術が広く利用され、家庭での煮沸作業を省けるようになっています。

まとめ
この明治時代の育児書に記載された方法は、当時の限られた知識と技術に基づいたものであり、現代の医学的な進歩を踏まえると、より精密で安全な栄養管理が行われるようになりました。特に人工乳の技術進歩、栄養調整や病原菌の予防方法が大きく向上しています。