8-b 電磁波

投稿日 : 2021.07.06


アンペールの法則は電流の周りに磁場ができるという法則です。これを数式で表すと、次のようになります。b487be4191e50a4c56e7d635ddbf3815f1b2ebca.jpgここで、Jは電荷が実際に流れる電流です。なお、このような微分形式で書かれているときには、ある微小な体積の中で起きている現象が、大きなところでも同じように起きていると考えるので、この式に現れる量はどれも密度を表しますが、以下では簡単のために密度であることを断らずに使います。

さて、本文で述べたように、コンデンサーに電圧をかけると一瞬電流が流れますが、電極の間が真空でも同じことが起きます。この現象を説明するために、マックスウェルは電気変位(電束密度)Dという量を考案したとされています。この量は次のように表されます。equation(4).jpg ここでPは分極です。そして、彼は、この量が時間的に変動する時に流れる電流は、変位電流といって上のJと同じ性質を持つと考えました。そう考えると、アンペールの法則を次のように書くことができます。equation(5).jpg このように電流の意味を拡張することによってマックスウェル方程式が見つけられました。ここで重要なことは、この式はJがゼロでも成り立つことです。つまり、実際に電線によって電流が流れなくても、Pが時間的に変化しさえすれば、時間的に変動する磁場が発生することをこの数式は表しています。(注:電流は電線の中ではなく、外側の空間を流れています。送電線は空間に保たれた電気のエネルぎーを目的地へ導くレールのようなものです)

マックスウェルはこのような拡張によって、個別に発見された電気や磁気の法則を一つの連立方程式にまとめることに成功しました。更に、その方程式を組み合わせて波動方程式という形できることも導きました。この波動の性質は、もっと昔から知られていた波動現象を説明する方程式の特徴をそのまま持っていました。

弦楽器や管楽器、また打楽器の振動や、空気の密度の振動である音、水面の波、地震など、どれも数学的には同じ形の方程式で表されます。これらは波が立っている場所に境界があるか、ないか、や、形(数学では境界条件といいます)によって、波のパターンが決まります。フルートの音の様に非常に澄んで、特別の振動数だけがでる場合もあれば、弦楽器の様に中心になる音だけでなく、楽器の材質や形によっていろいろな音が微妙に重なって、楽器に特有の音色になるものもあります。そのようなすべての波を表す方程式は次のような数式で表されます。equation(48).png ここで、fは振動の揺れの大きさ(振幅)で、vは波の進む速さ(大方は材質によって決まります)です。境界がない時には、波はある方向へ進みます(進行波)が、境界があればそこで波が反射して、進行波と反射波が重なって、見かけ動いていないような波(定在波)ができます。楽器では、その楽器の振動が空気に伝わって耳に届くわけです。

この方程式の数学的特徴は、fがいろいろな振動数の成分の重ね合わせで表されることです。各成分は数学的にはフーリエ成分と呼ばれます。そうして、振動数ごとの強さをグラフにしたものがスペクトルです。

力学的な波動方程式の場合は、その振動が何が原因で起きたかについては教科書には書かれず、そこで起きる振動のパターン(モード)を求める方程式が書かれています。それが分かれば具体的な波動は合成されるからです。

マックスウェル方程式から導かれる波動方程式は、その波動が起こる原因が自動的に表されます。電荷(密度)ρや電流(密度)とすれば、次の方程式で表されます。equation(9).jpgequation(47).png

詳細は省略しますが、これらの式は、右辺が源で、この方程式を満たすようなポテンシャルが生まれるのだと解釈できます。大切なことは、こうして生まれる波がどちらも速度vで進むことです。ここでvは次の式で表されます。equation(8).jpg ここでnは屈折率、cは真空中の光の速さです。

このような考察からマックスウェルは電気と磁気を備えた波を電磁波と呼び、光も電磁波だという結論に至りました。この波は振動の方向が進む方向に対して垂直なので、横波です。しかし、Φの方は波には違いないのですが、観測されないものと考えられています。

こう考えると、電波の場合は発生する源は送信アンテナで、そこでの電線を流れる電流の変化が、ポテンシャルを周りの空間に生み、それが家庭の受信機の受信アンテナに流れる電流に作用して、それを増幅して画像や音に換えているわけがおわかりでしょう。光の場合は、多くの光源は原子や分子の電子の分極の変化が、電気変位の時間的変化です。これによって生まれたポテンシャルが速さvで伝わって、網膜の視細胞にある視物質の電子の電荷に力を及ぼしているわけです。

前に表参道をジョギングする女優さんの例えのように、屈折率は光と物質との相互作用の大きさが大きいと大きくなります。電波の場合も同じです。従って、屈折率は、真空以外では波長(振動数)によって違い、宇宙空間では波長にほとんど関係なく電波や光は進みますが、地上や物質の中ではずいぶん違います。

相互作用が大きい、つまり、屈折率が大きいとたいていの場合はロスも多く、電波や光が伝わる効率が悪くなります。BS放送が雨が強いと見えなくなるのは、天気が良いとロスが少ないのに、雨で電波が散乱したり吸収されるためです。その欠陥を補うために通信に光ファイバーが使われますが、この場合はロスが非常に少ない代わりに屈折率は空気中より大きいので、伝送の時間が遅れます。そこで、海外の特派員の中継ですこし反応がずれるのはそのせいです。また、海中では電波のロスが多いので、潜水艦の通信は超音波が使われているそうです。イルカやクジラに習っているのです。

余談:マックスウェルは1864年、自分の理論を王立協会で胸を張って発表したようです。その記録を読むとそれがよくわかります。

“A Dynamical Theory of the Electromagnetic Field”, J. Clerk Maxwell、Philosophical Transactions of the Royal Society of London, 155 (1865), pp. 459-512

その抜粋を訳して引用します。

○「わたしの提案した理論は、そういう訳で電磁場の理論と呼べる。どうしてかというと、この理論は電気や磁気を帯びた物体に隣接する空間に関わっているからである。また、動力学理論ともいえる。というのは、この理論では、物体はそのような空間の中で動いていると仮定されるために、実際に観測される電気や磁気の現象はその空間で引き起こされていると考えるからである。

The theory I propose may therefore be called a theory of the Electromagnetic Field, because it has to do with the space in the neighborhood of the electric or magnetic bodies, and it may be called a Dynamical Theory, because it assumes that in that space there is matter in motion, by which the observed electromagnetic phenomena are produced.

○「電磁場は電気や磁気を帯びる物体の周りの空間の一部である。

The electromagnetic field is that part of space which contains and surrounds bodies in electric or magnetic conditions.

○「したがって、電磁気学と光学は、場によって伝えられる擾乱について正確に全く同じ結論を導く。つまり、両方とも横波の振動であり、同じ速さで伝わる。

Hence electromagnetic science leads to exactly the same conclusions as optical science with respect to the direction of the disturbances which can be propagated through the field; both affirm the propagation of transverse vibrations, and both give the same velocity of propagation.

これをみると、彼は力に対するフックの考えの勝利宣言をしているようにも思えます。マックスウェルの「場」の考えは、相対論や、のちの量子場の理論へ継承されました。