14 迎え撃つには

投稿日 : 2021.12.24


編集長や査読者たちを迎え撃つには、彼らを説得して出版を受け入れさせる論理と語学力、つまり表現力が必要になります。そこは百戦錬磨のMysyrowiczの腕の見せどころです。筆者のような貧弱な能力では勝ち目はありませんし、時間のロスです。

そうして最終的な反論ができ、編集長へ送られました。翻訳すると次のようになります。*は筆者の注釈です。

「査読者への反論

励起子分子のBBCの観測についての実験結果を非常に重要なものであるとのレフェリーからの意見をいただき嬉しく思います。 このご意見は、(*私たちが扱っている)問題が非常に「基本的である」という私たちの強い信念が間違っていないことを示しています。私たちが提案し実験的に検証した新しいアプローチは、この方向性において重要な進歩であります。これが、私たちがPRLに原稿を投稿することを選んだ主な理由であり、また再投稿にこだわる理由でもあります。

しかしならが、私たちは、「得られた結果がBECの明確な証拠をしめしておらず、したがってPRLには適さない」という査読者の結論には同意しません。

査読者が指摘した2つの主な批判に対する我々の主張は以下の通りです。

1)私たちの考えでは、効果(*位相共役の強度の増大)がすべての試料で観察されないという事実は、我々の主張を否定するものではなく、インコヒーレントポンピングによって励起子分子の基底状態に巨視的な占有を観測しているという私たちの主張をむしろ支持するものです。

実際、このような試料の質の依存性は、効果を観察するためには励起子分子が臨界密度に到達する必要があることから容易に理解することができます。(*なぜなら)励起子分子の密度は、試料表面近傍で生成される励起子分子と励起子の寿命によって決定されるのですが、この寿命は試料の品質(特に表面品質)に決定的に依存するのです。

亜酸化銅の自由励起子のBose-Einstein統計を検出する場合にも、非常によく似た状況が起きます( PRL45,1970,1980; PRLSQ, 8237,1987 )。
亜酸化銅でこの量子ボーズ縮退が再現性良く観測されたのは、極めて質の高い天然の試料だけであり、この観測は今のところ間違いがありません。

CuClでのBECの観測に必要な高品質の試料を作成するのは簡単なことではありません(ここでは自然は助けの手を差し伸べてはくれません)(*この辺は彼の表現の素晴らしいところで、なかなか、このような書類での文章として思いつきません)。しかし、一旦その効果が観測されれば、我々の結果は完全にかつ繰り返し再現させることが可能です。私たちはいくつかの高品質な試料で、その効果を観察しています。

試料の品質が結果に与える影響をより良く説明するために原稿を修正しました。特に、図1では、2つの代表的なケース、最高品質のタイプ1試料と低品質のタイプ2試料で得られた結果を示しています。また、それぞれのケースで根本的に異なる挙動を示すために、それぞれの試料に対する位相共役の差スペクトルも同じ図に示しています。

2)観測された効果について、他の(BBC以外の)説明を想像することは困難です。この信号(増大する光)の特徴的な点をいくつか挙げてみましょう。a) 円偏光である。b) 位相共役信号であり、プローブビームに対して時間反転の特性を持つ。c) 差動応答のスペクトル幅が非常に狭く、プローブビームのスペクトル幅で制限される」

実際これ以上の説明を査読者にすることはありませんでした。特に位相共役光の光源となる3次の非線形分極と波数ゼロの励起子分子集団とのミクロな関係など、誰も分からないわけですから、それをとやかく言いたければ、自分で新しい実験をして論文を書いて筆者らの主張に反論すればいいだけのことです。

この反論に対して、何度かのやり取りが編集長とMysyrowiczとの間でなされたと思います。今その資料が見つからないので、年が明けた1993年の1月21日の編集長からの返事を紹介します。

「・・の原稿は副編集長から受理することを勧められました。でも、もう少し改良が、e-mailの抜粋で示すように必要です:位相共役信号が何かを読者がわかるような論文であることが不可欠であると、私は思い続けています。非線形光学の手法についての文献や一言三言で十分です。付け加える場所は3ページの第二段落か、5ページの3図の説明('As it is well known...‘)のあたりでOKです。とにかく、非線形光学の人々以外は「良く知られた」ではないのです。私は、この修正で出版を承認できればと思います」

このように編集長にも軟化の兆しが出てきましたが、なお、修正を要請してきました。確か、Mysyrowiczから、今度はあなたが何とか編集長に連絡してほしいといわれたと思います。さて、議論は出尽くしています。ここで物理を述べるとまたおかしな方向へ行きかねます。

しばらく思案した結果、この際、物理の話にはのらず、別の角度でコメントをしようと思いました。次は1月22日にファックスで編集長に送った文章です。

「1月12日にパリへ、また、19日には東京へあなたが送られたファックスを読みました。非常にがっかりしました。その理由は、受理か拒否かについていまもってはっきりした返答が得られないからです。私たちが知りたいのは原稿が査読者の手にあることを知ることではありません。私たちは出来るだけ速やかに成果を公表したいので、いつまでにという期限もなく査読者の返事を待つことはできません。私たちが必要なのは(新たに提出した原稿)に対する公式の明確な結論です。拒否でも何の問題もありません。あなたの権利と義務によって即刻判定すべきです。さもなければ、貴方が故意に私たちが別の場所に論文を投稿する自由を制限したことになります。私たちはあなたの速やかで明確な返事を待ちます。私は貴方が私たちの考え方を理解できると信じています」

すると2月19日づけの「論文は受理されました。3月1日の号の1303ページからに掲載されます。320米ドルを払ってください。別刷り代は含まれません。同封の書類を送ってください。支払いは必ず1か所からにしなければなりません」という書類がMysyrowiczから届きました。そして「払ってくれますか? だめなら送り返してください」

フランス側が払ってくれることなどと考えられないし、面倒です、ことを先に進めるために喜んで書類に署名して送還しました。それにしても編集長は愛想をつかしたのでしょうか、多分面倒になったようですね。こうしてバトルは終わりました。なかなか教育的な経験でした。

この一件の結果でしょう、筆者たちはまた新しい興味深い経験をすることになりました。