5 ひょっとして、奥の深い話かも

投稿日 : 2021.06.10


心拍停止から後に発光がどのように表れるかを、別の個体で調べてみました。

ここからは、研究者が持つ基本的矛盾と弱点を感じながら観察を進めました。それは、ある偶然知った発見を確かめるために、別のアブラムシを当然のように犠牲にすることについて無神経になる」という特性です。これは時と場合によっては非常に危険な心理状態であることは過去の歴史が物語っています。今はアブラムシが害虫だということで進めるのですが、この論理は盤石とはいえません。この問題は後でまた触れるとして、これからは実験によって知った事実です。

同じコロニーに隣接していたアブラムシを二匹並べて、同じことを調べてみました。再現性の確認は、科学の研究では非常に重要なプロセスで、たった一度だけ起きる現象から何かを論じても、これは未知をさぐる方法である科学にはなじみません。

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右の写真は、心拍停止から30分程度後で見たものです。上はUV照射だけ、下は顕微鏡の光源を同時に灯したときの姿です。二匹とも同様な発光が似た時間帯に起きることが観察できました。

下の写真で見えるように、左側のアブラムシでは、角状管からなにかが放出されているのがわかります。紫色に見えるのは紫外用のLEDの光の中心波長から可視光領域へ広がっている弱い光の散乱のためで、発光ではありません。

右側のアブラムシでは、液体が体から漏れ出してアドリア海の色のような色で光っていますが、体内に見える球状の粒と同じ色をしているのがわかります。

別の例ではもっと劇的な姿が見えました。1e63823db7f9d05bbafedbc0be0c1e1e55584bce.jpg

真ん中の写真のように、この場合も角状管からなにかが放出されているのがわかりまが、それだけではなく、しばらくすると表皮?の模様が消えて、中身がはっきり見えるようになり、なにか球状ではない組織が沢山詰まっていて、しかもそれらからも似た色の発光がでているのが分かります。

一応発光スペクトルを調べる道具は出来ていたのですが、まずは球状と少し長めの組織の名前を知りたいと思いました。でも素人には分からず、しばらく作業は頓挫していました。

ごく最近のこと、東京農工大学の鈴木先生から非常にありがたい助言をいただきました。そして、とても興味深い文献をご紹介いただきました。

それは、生物科学のジャーナリスト、 Elizabeth Pennisiの2019年の記事で、タイトルは ”A love of insects and their microbial partners helped this biologist reveal secrets of symbiosis”(『昆虫とそのパートナーへの愛が、この生物学者が共生の秘密を明らかにする助けになった』)です。これは昆虫などの体内に共生する微生物について大きな業績を残したNancy Moranというアメリカの生物学者とパートナーの研究活動の紹介記事です。

この記事から、球状の組織には菌細胞(Bacteriocytes)の可能性もあることを知りました。先生のコメントとして、アブラムシの菌細胞は特に大きいということでした。

この細胞は一種の脂肪細胞だそうで、その内部には細菌や真菌が住んでいてアブラムシと持ちつもたれつの共生の関係にあり、なんと、アブラムシは彼らから必須アミノ酸を供給してもらっているそうです。しかも、彼らの協力関係は2億年以上続いているということです。

植物の汁だけ吸っていると栄養不足になるの考え出されたそうです。アブラムシとアリの共生関係は有名ですが、凄いぞ、アブラムシ! 究極の安全保障協定を各方面としっかり結んで、生き抜いてきたわけですから。

一方、細長いものの候補は、生殖腺でクローンで作られる胚(embryo)にほぼ間違いないこともわかりました。

実際、今年の春、アブラムシのコロニーの中で、生まれたてのアブラムシの赤ちゃんをみつけていました。実は成虫らしきいつもの個体に、ニュルニュルしたゼリー状のものが付着していたので、分離して顕微鏡で見てまたびっくりだったのです。下の図の左がそれで、右はエタノールを加えてUV光を当てたときに発光する様子です。

embrio.jpgこれは体内で見えた細長いものが大きくなったようなもので、ゼリーのようなもの(散乱光で紫色に見える部分)に包まれたまだ形がはっきりしない脚がモゾモゾ動いているものでした。2個の黒い眼が左端にはっきり見えて、心臓もしっかり動いているのがわかりました。

この発光は球状のものと同じ色を示しますが、この場合は時間が経っても変色しませんでした。とにかく煌々と光りました。

こんな例もありました。角状管から放出される液体といっしょに球状組織が流れ出ています。IMG_2149_0_4_33 (2).jpg

ここでようやく発光する組織のあてが見つかりましたので、次からは、分光学から見えた事実に話を移します。