6 ニュートンとフック

投稿日 : 2021.06.22


アイザック・ニュートンは「リンゴの実が枝から落ちるのを見て万有引力を発見した」という逸話で有名ですね。そのリンゴの子孫だという木が、東京の小石川植物園にあります。この逸話はおそらく作り話でしょうが、とにかく彼は、力学をはじめ科学の発展に大きく貢献しました。

彼は万有引力が次の数式で表されることを発見したといわれています。75e013125b992ff5f88866197bb06ff8091f1fdb.pngここでMとmは、それぞれ例えば太陽と地球の質量、rは太陽の中心から測った、地球の中心までの距離、Gは万有引力定数という決まった数です。

一方、ロバート・フックは、フックの法則で有名ですが、力学だけでなく広く科学の発展に貢献したことが、ネットの情報でわかります。

ところで、この二人は非常に仲が悪かったことでも有名です。

その本当の理由は非科学的なことだったようで、万有引力が距離の2乗に逆比例することをニュートンが見つけたということに、フックは「私が教えてやったのだ」みたいなことだった、という説があります。彼らは当時のイギリス科学界の権威あるボス的立場にいたので、ありふれた勢力争いだったのでしょう。

諍いの原因には、もうすこしアカデミックな理由もありました。

フックは、力がちょうど直方体のこんにゃくを指で押すと、その力で表面にゆがみができ、そのゆがみが隣に力を及ぼし次々と伝わっていくようなもので、太陽の周りを地球が公転するのも、その考えで説明できると考えていたそうです。

一方、ニュートンは、太陽と地球の間の引力は、途中の空間に媒介されずに直接作用していると考えました。

現在は、力を生むポテンシャル、Uがあり、その傾きが力を表すと考えます。数式で表現すると、次式のようになり、equation(27).png、簡単のために一次元としますと、例えば、equation(26).pngで表されます。 

フックの復元力を生むポテンシャル、Uは equation(28).png で表されます。ここでrは太陽と地球の距離です。

従って、復元力はequation(30).pngとなって、フックの法則が得られます。

一方、万有引力を生むポテンシャルはUequation(29).png  で表されます。従って、万有引力は34b593c4c4e6740796a31642466b450e3774074e.png となります。

ランダウとリフシッツによる有名な「力学」の教科書があります。これは広重徹と水戸巌両氏によって邦訳されています。その第3章に非常に重要なことが書かれていて、筆者は初めてこれを読んだときにとても印象深く思いました。(*この書物は、筆者が大学の物理学科に入学したとき、ある物理学者にいただきました。そして「あなたが将来物理学を専門とするか、技術者になるかはわからないけれど、この本はいつも座右に置く価値があるので選んだ」というようなコメントをいただきました。なお、翻訳者の一人の水戸博士は、原子力発電の効率は悪いので、海の温度を上げるだけだよ、と警告を続けておられましたが、山で遭難されて若くして亡くなりました)

ポテンシャルが距離だけの関数で表されるとき、その物体に働く力は中心力と呼ばれますが、この力の特徴がそこに簡潔に述べられています。

その一つは「その物体の運動(軌道)は平面内に収まる」こと、(地球の公転軌道は平面ですし、土星の輪もそのようになっています)、そして、その軌道が閉じる中心力は、『たった二つだけ存在する。それは粒子のポテンシャルエネルギーが1/rおよびrに比例する場である』です。

とういうことは、フックもニュートンも、地球が太陽の周りを周回する現象をそれぞれの考えで説明していたのですから、素晴らしいことで、どちらがどうといがみ合うことなどなかったのです。お互いグラスを傾けながら「その先に隠れている真理を探ろうや」といけばいいのですが、そのような場面はまずなさそうです。

理論的にはポテンシャルの違いによる太陽の位置に違いが出ます。円軌道の場合は、どちらも太陽は円軌道の中心に位置します。しかし、それ以外は、ニュートンのポテンシャルでは太陽は楕円の一方の焦点に位置しますし、フックのポテンシャルでは円軌道の中心と同じ位置になります。

ここでイギリスの1ポンド札の裏面の一部を示します。one-pond.jpg表の面のデザインはエリザベス女王の肖像ですが、裏面はこのようにニュートンの肖像で、彼の業績を表すことどもとともに描かれています。そこに太陽系の様子を表した部分があり、惑星の軌道が描かれています。しかし、よく見ると太陽の位置が楕円の焦点にあるものと、円の中心にあるものが共存しています。これじゃあ、ニュートンもフックもイギリスの造幣局に早速クレームを付けそうですね。

ちなみにニュートンは造幣局で贋金の摘発に活躍したそうですが、かねてから錬金術の研究もしていたそうです。なかなかの御仁だったようです。

このイラストのデザイナーがそのあたりを意識して皮肉を込めて描いたのか、そうでなくデザイン上の都合で描いたのかはわかりません。いたずらだったら、大成功ですね。

ところで、両方のポテンシャルが、全くちがう論理から導かれたように見えますが、実はその違いはただ長さの尺度の違いだけで、数学的には同じであることが証明できます。つまり、私たちは便利のために長さの単位を決めて使っています。メートル法やヤード・ポンド法、日本では尺貫法なども今も使われています。

しかし、長さの単位の決め方は、私たちの使い勝手を抜きにすると、どうでもいいわけです。ポテンシャルの違いは、一種の座標の決め方の違いで、実用とは関係のない長さの単位の換算によることがわかります。このことは6-aの補足で紹介します。

注)中島秀人『ロバート・フック、ニュートンに消された男』朝日撰書565 朝日新聞社によれば、当時フックはイギリスの王立協会の重鎮でしたが、後にニュートンの勢力が逆転し、あろうことにニュートンはフックのあらゆる情報(例えばフックの肖像画)を抹殺したそうです。都合の悪いことを消し去ろうとする為政者の性癖は時代を超えて生きていますね。フックやニュートンについて英語版のウキペディアを見れば、ニュートンが破棄したというフックの肖像画を探す作業の現状や、フックの復権の様子などを知ることができます。