21 レーザーとCOVID-19のパンデミック

投稿日 : 2021.08.17


レーザーはフォトンが「のっぺらぼう」であることによる特性を利用して、特別の波長の光を増殖するように工夫された光源でした。フォトンの数は光の強度です。その強度は、レーザー光を生む物質の中の微小な長さdxあたりで光の強度が変化する割合についての、次の微分方程式を解いて予想できます。この式の右辺は、光の強度の変化の割合がその微小な区間にあるフォトンの数(光の強度)に比例することを仮定しています。そして、aはその変化の大きさを表す量で、a>0なら光の増幅が起こり、a<0ならレーザーになりません。

equation(212).png

この方程式の解は指数関数equation(211).pngで表されます。この関数は高校の数学で必ず習い、対数目盛でグラフにすると直線になります。指数関数が上の方程式の解になっているのは、この関数はxで何度微分しても元の関数に比例するからです。右のグラフはa=+0.2、0,ー0.2の場合をそれぞれ描いたものです。図に挿入したグラフはyを対数目盛で示したものです。b0ae5553beae98ff46c687624c2848a1bf0f280c.jpg

この方程式で表されるような現象は、自然現象だけでなく、身近に色々あることが知られています。指数関数は元は複利計算から生まれたもので、このグラフからわかるように、もし高利貸しから金を借りるとa>0なので、借金は爆発的に増えることが分かります。逆に、もし国が社会保障費や基礎研究の予算を毎年同じ率で削減すると、a<0なので、しばらくするとすっかりなくなってしまうこともわかります。見かけは少ない率に見えても指数関数による変化は侮れないものです。

いま、私たちはCOVID-19というウイルスに生活が翻弄されています。そこで、この状況に照らして、この関数の重要さを二つの例で考えてみることにしました。一つはパンデミックになる理由、もう一つはmRNAワクチン(mPNA-lipid nanoparticle COVID-19 vaccines)の保存温度に関係するまだよくわかっていないといわれていることです。

1)パンデミックの発生について、

感染者数Nの増える率が、今の感染者の数Nに比例すると考えますと、上の方程式のNを感染者の数、xを時間として次の方程式でNの時間的な変化がおおよそ予想できます。equation(213).png もし、ウイルスの寿命が短かったり、感染力が弱かったり、感染者もすぐに治るとすると、a<0となってパンデミックは起きません。しかし、何かの理由でa>0になると、パンデミックが起きてしまいます。現在の状況はそれを表しています。この方程式を基礎に、いろいろな効果を取り入れて、パンデミックを押さえたり、なくす戦略が練られているはずですが、日本ではどこでどの程度行われているのでしょう?

流行の激しさを表す実効再生産数という指数が使われていて、この値が1以上でパンデミックが起きるとされています。複雑な効果を取り入れた指数なので、aとの関係はよくわかりませんが、数学的にはa>0の場合に相当すると思われます。レーザーには増幅が必要ですが、パンデミックの方は困ります。

因みに、サングラスで光が弱くなる、放射線が鉛で遮蔽される現象では、a<0で、xはガラスや鉛の板の表面からの位置を表します。また放射性物質の半減期などの場合は、a<0でxは時間です。また原子炉の中性子の連鎖反応を論じるときは、中性子の数に対して、a>0でxは時間です。お金持ちにはお金が集まったり、行列ができる店ではますます行列が長くなるのもa>0で、xは時間といえそうです。もっとも増えすぎると増加を抑える作用が一般に働きますので、お金持ちにも限界があります。

2)ワクチンの保存温度について。

現在使われているCOVID-19のためのワクチンには、BioNTech/Pfizer社とModerna社製のものが使われています。これはうまくデザインされたmRNAを、ある種の脂肪分子でくるんだようなナノサイズの微小な粒子に閉じ込め、適当な溶剤に溶かした薬剤です。このワクチンは、生産してから低温で保存することが必須とされ、生産地から皮下注射の現場までの輸送や下準備が面倒でコストもかかるのが難点です。この欠点をどう取り除いて有効なワクチンを生産し、使用できるかが、その道の研究者や技術者の緊急の課題となっています。

この欠点を克服する鍵は、この製剤の熱的安定性のミクロな解明にあると筆者は想像します。しかし、まだその物理、化学的な研究は十分ではないことが、今年4月に公表された次の総説である程度わかります。

因みにこの論文は誰でもPDFファイルとしてダウンロードできますので、大学生、また興味ある高校生も読んでみる価値があると思います。専門用語などはネットで探せますので、第一線の研究者がどうのようなアプローチでこの火急の課題に取り組んでいるかを知る意味でも意味があると思います。また、テレビなどで解説などされる方々も、もう少し視聴者が聴きたいポイントを分かりやすく説明することに、この総説は役に立ちそうです。

さて、皮下注射されるときの注射器の中にある液体に含まれるワクチン粒子の密度をρとします。もし製造されたときと接種されるときとでワクチンに変化がなければρは同じです。しかし、例えばBioNTech/Pfizer社のワクチンでは、低温で保存することが必要です。つまり、ある温度より高いと有効なワクチンの量が減ってしまって薬効がなくなるということです。ですからから、冷凍保存から温度を上げて体内に入って効果がでるまでに、最終的にρがどれだけ減るかは重要なことでしょう。しかし、TVの解説などでは、低温保存の理由や原理などは十分説明されていないように思います。そこで素人ながら次のように簡単化して考えてみました。

この場合、ρを次のように表現しました。

dρ/dt=a(T)ρ

ここでtは、冷凍したワクチンを注射のために温度を上げ始めたときからの時間です。重要なことはa、(a<0としています)が温度Tの関数であることです。細かいことに目をつむれば、一般に熱的に何かが不安定になって壊れる確率は次の数式で表されます。exp(ーΔ/kT). ここでkはボルツマン定数、Tは絶対温度で、摂氏0度がおよそ273Kです。つまり、a(T)~exp(ーΔ/kT)と表されます。

右の絵はある薬物がある温度で壊れる様子をエネルギーで表したものです。4993d9ac52e531ce215d4f9de89448c066d5737e.jpg横軸は変化を示す量で、例えば分子が分離した時には、分離したもの同士の距離のようなものです。温度は分子の運動の激しさですから、温度が上がって、揺らぎが高さΔのエネルギーの壁を超えるようになると、右の方がエネルギーが低いので、分離する方がエネルギーが低いので、不活性になるというわけです。アイスランドの火山で火口でブクブク湧いている溶岩の運動が激しくなると、縁を超えて外部へ流れ下るイメージです。

ファイザー製のワクチンの場合、希釈前の未開封の瓶の状態での保存は、摂氏-90度から―60度程度であるように決められています。これは大体ドライアイス温度の200K程度ですので、ここでは仮にΔ~200kとします。そうするとワクチンは不活性になる(壊れる)確率はexp(ー200/T)となると思えます。その理由がワクチンの中のmRNAによるものか、その他の何処かによるものかはおそらく企業秘密で公表されていないか、本当に分からないのかでしょうが、私たちには分かりません。しかし、上の総説では、本当に分からない部分もたくさんありそうです。

さて、この方程式を解かなくてもわかる重要なことがあります。この方程式を次のように変形します。0077241d1c577aac24755dd82d6abec6dc113353.png さらに、変形すると、次のようになります。equation(207).pngこうすると、この方程式から温度が変わると、ρがどう変化するかを予想することができます。

ここで、equation(214).pngはドライアイス温度(~200K)から室温(~300K)まで、薬剤溶液をどれほどの速さで温めるかを表す量です。これからわかるように、ゆっくり温度を上げると、速く上げるときに比べて減る割合が増えることになります。ファイザー社のワクチンの仕様書では解凍する時間の制限がありますが、それはこのあたりを評価した結果とは思いますが、その制限時間の根拠は明らかにされていません。またa(T)も、200Kから300Kになると、1.4倍ほど大きくなり、その分壊れ方が速くなります。

一方、温める速度の割合を一定に保つのは簡単でなさそうで、始めは速く温まるが次第にゆっくりになるのではと思います。つまり、上の式で考慮されていない効果で、実質的に失活する割合が全体として多くなることもありそうです。

従って、解凍してから皮下注射に至る過程での温度の変化によっては、体内に同じ量を注射されても、注射される前の手順による温度効果によって、溶液の中の有効なワクチンの量のばらつきを生み、悪い場合は注射前にすでに壊れてしまった大量のワクチンの残骸ができて、それがそのまま体内に流し込まれて副反応の原因になりますし、有効成分が減るので効き目にばらつきが生じ、ワクチンを2度摂取してもまた感染するようなことの原因になることも想像できます。また、ワクチンの溶剤に含まれている添加物も副作用の原因とされますが、温度の効果もそれに加わる要素になるかもしれません。

mRNAを取り囲んでナノ粒子を保っている物質には、コレステロールが使われていますので、分解したカプセルの残骸に含まれるコレステロールや脂質が、一時的にも体内へ大量に注入されれば、人によっては色々な梗塞事故を起こすこともあるのではと思いました。

実際の生理学的な状況は複雑で、筆者のような素人が云々できるようなものではないのでしょうが、熱の効果については、ある程度、分野によらない共通の原理で考察できる部分もあると思い、あえてメモしてみました。その道の専門家による少し立ち入った説明がテレビなどの解説であることが望まれます。

とにかく、保存が室温以上で可能なワクチンが望まれます。また、皮下注射ではなく、点鼻薬のようなものならば、鼻の粘膜も気温が零下の空気を吸い込んでも短時間なら凍傷にならないので、冷たい液体を吹き込んでも粘膜上では、溶液は小さな体積となっているので、すぐに温まり、上で懸念するようなことは少なくなるのではと思いました。