27 狙いは的中、大成功

投稿日 : 2021.09.04


シュレーディンガーは、自分が導いた波動方程式でミクロな世界の現実を説明できるかどうかを、水素原子の電子の運動に当てはめて確かめました。つまり、水素原子の電子が原子核の中心にある芯(実際は陽子です)からの引力ポテンシャルによって捕まっている状態のエネルギーを次の方程式によって解いたわけです。equation(254).png 彼はまず一個の水素原子の芯(陽子)に対する電子の相対的な運動を考えたので、rは電子の芯からの距離、また電子の電荷を-eとしています。(実際の水素原子では、電子と陽子からできているので、陽子と電子の相対運動と、原子の重心の運動とに分けて計算されます)なお、∇equation(256).png を表す記号です。

この波動方程式の解の性質は、すでにダランベール(Jean Le Rond d'Alembert、1717-1783)の楽器で生まれる音から始まった理論や、オイラー(Leonhard Euler, 1707-1783)、ベルヌーイ(Daniel Bernoulli, 1700-1782)、ラグランジェ(Joseph-Louis Lagrange, 1736-1813)などの数学的な研究からよく調べられてきました。(これらの学者たちの生い立ちを読むと、彼らがそれぞれに過酷な環境の中で生きていた様子が伺えます。なかでもラグランジュはマリー・アントワネットの数学教師だったとあり、どんな経験をしただろうと想像します)シュレーディンガーは彼らの波動関数についての数学的な性質をこの方程式の解を求めるときに使いました。

具体的な方法は専門的な技術なので、どの量子力学の教科書や参考文献にでていることでもあるので省略しますが、その結果得られたエネルギーは次の式で表されることがわかりました。equation(255).png ここで、nは 1,2,3,・・・という整数です。問題はこのエネルギーがどれほど、次のような水素原子発光スペクトルの波長を説明できたかということです。5afd89ec0161b1e61aa91db87f88570bcf43efd5.jpg

バルマー(Johan Jakob Balmer,1825-1898)は、この発光スペクトル線の間隔についてある法則を1885年に発見しました。更に、リュードベリ(Johannes Rydberg,1854-1919)は、それぞれの線スペクトル線の波長が次のような数式で表されることを1890年に発見しました。equation(257).png ここでRは今日リュードベリ定数と呼ばれます。また、mはnより大きな整数です。この関係式は水素原子だけを説明しましたが、1908年にリッツ(Walther Heinrich Wilhelm Ritz ,1878-1909) によってすべての原子で同様な関係があることが明らかになりました。リッツは病弱で31歳で亡くなりますが、アインシュタインとチューリヒのETHで同期の学者で、略歴を読むと非常に鋭い感性の持ち主だったことが分かります。彼の見つけた関係式は良く知られている割には、彼自身の研究の歩みは知られていないようです。彼の自宅は故郷のシオンに今も残っているのですが、墓はブルドーザーで破壊されて今はないということです。

上のスペクトルの赤色の発光はn=3のエネルギーを持った電子がn=2のエネルギーを持つように変化した時に出した赤色の光のフォトン一個によるもの(Hα線と呼ばれます)で、この写真はこのような現象が多数の水素原子でばらばらのタイミングで起きたものをまとめてスペクトル写真として記録されていることになります。シュレーディンガーの計算結果は彼が計算で得た電子の持つエネルギーの差から、この法則を定量的に説明することに成功しました。

こうして、彼の狙いは大当たりで、水素原子のようなクーロン引力のポテンシャルだけでなく、他のポテンシャルにたいしても、この方程式が現実の現象を説明できる見通しがたちました。彼は最初に述べた論文で詳しい計算は抜きで、フックの法則による復元力のポテンシャルによって振動数νで振動する微小な振り子(実際には分子の中の複数の原子核の距離が振動する(分子振動)のエネルギーが次の式で与えられることを示しています。equation(258).png

ここでnは0,1,2,3、・・・という整数です。

プランクは電磁場を架空の振動子のエネルギーをhνとしましたが、これがシュレーディンガーのこの結果からみれば、電磁場を量子力学で扱った振り子の一個分の振動の量子に対応しており、これがフォトンということになります。なお、カッコの中にある1/2はエネルギーの最も低い触れ、n=0、に相当しますが、この場合は振れはゼロで止まっていそうに思えますが、実は決して止まらないことを示唆しています。これの値はゼロ点エネルギーと呼ばれます。この理由は量子力学の結果として現れる、位置と速度の間にある不確定関係によるもので、簡単には、速度を決めるには二か所で位置を測らねばなりません。しかし、二か所の間隔を短くとれば速度の精度(Δv)は落ちます。また速度の精度を高めるには測定する場所を離せばいいのですが、今度はどこでの速度化という意味で位置の精度(Δx)は落ちる。また、エネルギーには最小単位としてhνがあるので、Δvにはこの制限がある。その結果として、例えば、Δx・Δv~hという制限が生まれるということです。hは小さな数なので、この値をゼロとする世界(マクロな世界)では、この関係を考慮する必要がなく、つまり量子力学が必要なのは、物理現象を説明する時に、どうしてもhをゼロとできない場合に限られます。なお、不確定関係の詳しい取り扱いは専門的になり過ぎるのでここでは省略します。

ゼロ点振動は電磁波(光)にもあって、光がないようにみえる暗黒の世界も、実はその空間にはすべての振動数(波長)の光の揺らぎがいつもあり、それが原因で上で述べた水素原子の電子のエネルギーも、少しだけ変化しています。この精密な測定が、前に述べたレーザーを使ったヘンシュらによる精密分光手法で行われました。また、原子などからのフォトンの自然放出は、この電磁場の揺らぎによると考えられています。ブラックホールの境界付近で発生する粒子と反粒子の対の発生も、この揺らぎだとされているそうです。

なお、実際のスペクトルはもっと複雑で、ゼロ点振動の効果よりもっと大きな効果があり、水素原子の一個の電子のエネルギーも、シュレーディンガーの計算値とは違います。これについてはシュレーディンガーも論文で述べている相対論の効果です。これには電子や陽子が微小な永久磁石のように磁気を帯びているためです。この訳はあとの節でまとめて紹介します。