Jan Holzerの視点(その2)

投稿日 : 2022.05.26


今回のロシア軍のウクライナ侵攻について、マサリク大学社会学部の教授で政治学者のヤン・ホルツァーの見解をもっと深く知るための手掛かりが、チェコのiROZHLAS.czというサイトにある「ロシアの大統領がロシア国民の支持を得ているわけ」についてのヤン・ボチェク(Jan Boček)氏の興味深い記事があります。jan.bocek@rozhlas.cz

この記事は5月20日付けのもので、(その1)でメモした侵攻の始まる前後に書かれたものではなく、したがって、これまでの事態の推移を踏まえた記事として興味深く思いました。

この記事の執筆者のヤン・ボチェク氏については、『2012年チェコのニュース・ボーダルサイト(IHNED.cz)のデータ・ジャーナリズム部門を共同で立ち上げ、2014年からはチェコラジオで同じ部門を担当している。彼の関心は教育・健康、ギャンブル、社会問題で、データを屈指して、ニュース・トピックを多角的に論じる長文を執筆している。2016年には、『ロシア人対ロシア人:宣戦布告無き内戦の国』という記事でジャーナリズム賞を受賞した』とありました。因みにiROZHLASはチェコ放送のインターネット版という意味のようです。

このインタビューの意図と内容の説明は次の通りです。

Před vydáním článku o popularitě ruského prezidenta se redaktor serveru iROZHLAS.cz sešel s politologem Janem Holzerem. Ten na Fakultě sociálních studií Masarykovy univerzity v Brně přednáší o nedemokratických režimech a zvlášť se zaměřuje na Rusko. Rozhovor v rozsahu plnohodnotné přednášky proto pátrá po zdroji Putinovy podpory hlouběji: ať už v povaze ruského režimu, nebo v současném ideologickém sporu západních demokracií s autoritáři.

訳せばこのようになります。

『 iROZHLAS.czの編集者は、ロシア大統領の人気についての記事を掲載する前に、政治アナリストのヤン・ホルツァーと面会した。ブルノのマサリク大学社会学部で非民主主義体制について講義しており、特にロシアを専門としている。そこで、このインタビューでは、プーチンの支持の源泉を、ロシアの体制のあり方、あるいは現在の欧米の民主主義国と権威主義国のイデオロギーの対立のあり方にまで深く掘り下げている』

この記事の表題と抄録です。

”Místo Putina by nejspíš vládl jiný autoritář. Náš zájem je, aby v Rusku nebyl útočný režim, míní politolog ”

V záloze můžou být i horší jestřábi než Vladimir Putin a volební obvod vyhraný s téměř sto procenty v Rusku nemusí ukazovat na podvod, říká v rozhovoru pro server iROZHLAS.cz odborník na ruský politický systém Jan Holzer.

Praha/Brno 5:00 20. května 2022

『プーチンにかわって別の権威主義の支配者が現れるだろう。我々にとっていいことはロシアに敵対的な政権ができないことだ、と政治学者が語っている』

『プーチンよりもっと質の悪いタカ派がいるかもしれないし、ロシアで100%近く勝った選挙区の結果がすべて不正だったとは限らない、とロシアの政治システムに詳しいヤン・ホルツァーはiROZHLAS.czのインタビューで述べている』プラハ/ブルノ 5:00 2022年5月20日、記ヤン・ボチェク



この記事は非常に長いので、いくつかに分けて概要をメモします。なお原文の転載は小項目だけに止め、本文は省略します。

インタビュアーは次のような問いかけから始めています。



Mám jedinou otázku: kde se bere domácí podpora Putina a jak je stabilní?

『伺いたいことはただ一つ:プーチンの国内での支持はどこから来ていて、どの程度安定しているか?』

博士は「ロシアの研究」によれば、歴史的には外部に心を開き、多元主義を尊重する能力を示す例外的な時期もあったが、概ねロシアには帝国・権威主義的なメンタリティーが強いと考えられている。一方、「非民主主義体制」については、(同じような体制にある違った国々の)体制の共通点と違いとを見つけることから理論的に明らかになる。したがって、この質問に対する答えは、これらの二つの研究の対話の中にある』と答えている。

Takže chceme zjistit, co je Rusko za režim, a z toho vyplyne konkrétní odpověď.

『ロシアがどういう体制なのかを知りたい、それが分かれば具体的な答えが出るはずだ』

非民主的な政権を観察するには、ロシアの研究から見るべきで、そうすれば20世紀が、いろいろ登場した体制の特徴と変化のダイナミズムを理解する実験室になる。1989年から1990年代のはじめにことは一件落着したように見えるが、『そんなことはあり得ない』

Putinův režim ale debatu o totalitarismech oživil.

しかし、プーチン政権は、全体主義に関する議論を復活させた』

全体主義という言葉がよく使われてきて嫌われているが、この30年間これをきちんと考えた人はいない。全体主義と権威主義的体制を比較する手間をかけなかった。それが今となって何を意味しているだろう。

記事には赤字で次のように書かれています。
Mezi totalitním a autoritativním režimem není rozdíl v míře násilí. Co totalitní a autoritativní režimy odlišuje mnohem spolehlivěji, je otázka ideologie. Ve zkratce, totalita má obvykle vlastní ideologii, autoritářské režimy spíš ne.

『 全体主義体制と権威主義体制では、暴力のレベルに差はない。全体主義体制と権威主義体制を明確に区別するのは、イデオロギーの問題である。要するに、全体主義体制は普通独自のイデオロギーを持っているのが、権威主義体制はそうでない可能性が高い』

1950年代、全体主義体制としてはムッソリーニのイタリヤや、ドイツの国家社会主義が対象とされて、(レーニン率いる)ボルシェビキ・ロシアの実態は無視されていた。全体主義の概念を初めてそれに適応したのは1930年代のリボフ、クラコフだったが西側には知られていなかった。現代ではアンジェイ・ノヴァク(Andrzej Nowak)が、ロシア史におけるツァーリストとボルシェヴィキの連続性というポーランドの古典的テーゼとヤン・クシャルゼフスキの著書『白いツァーリズムから赤へ』を再評価している。

ポーランド人は、ロシアがツァーリに支配されていようが、ソ連共産党第一書記に支配されていようが、気にしないだけだ。彼らからすれば、ロシアとは常にトラブルがつきまとう。表現はいろいろ変化してはいるが、彼らにとっては何百年も前からの死活問題だった。

注:ヤン・クシャルゼフスキの著書『白いツァーリズムから赤へ』という書物についてのポーランド語で書かれた説明を邦訳しておきます。

『この作品は、1923年から1935年にかけて出版された[2]。その作品は完成することはなかった。占領中、さらに3冊の未刊行本が焼却された[3]。本書は、思想史の古典的研究書である。この作品は、ボルシェビズムのルーツと、ツァーリズム・ロシアと共産主義ロシアの歴史的連続性の問題を説明しようとするものである。19世紀の革命運動の歴史と、ロシアの思想・文化の特質に焦点を当て、確かな資料に基づいて解説している。ヤン・クチャジェフスキは、それがヨーロッパの伝統とは全く異なるものであることを証明している。この作品は、厳密に固定された年表の枠組みには従わない。クシャルゼフスキは、19世紀のロシア帝国史のパノラマを再構築した。この作品は、専制国家ロシアを例とした政治文化の変容に関するものである。

共産主義時代には、この本は禁止された[4]。クシャルゼフスキは亡命先で、英語による抄訳を出版した[5]。西側で出版されたこの本は、アメリカの親ソ知識人との議論において論拠となったが、反動主義の精神で行われた資料の解釈であり、先入観に基づく政治的テーゼに合わせた偏ったものであるという批判がなされた[6]。この英語版ダイジェストは、ポーランド語版でも「Od białego do czerwonego tsaratu」[7]という少し変わったタイトルで出版された』