はじめに

投稿日 : 2009.09.02


松枝 張(ひらく)氏は、1920年倉敷生まれの医師です。慶応大学医学部を卒業後、同内科、東大第一内科を経て、エチオピア王立中央衛生研究所に在職し、帰国後は各所のクリニックに医師として勤められました。氏には、『エチオピア絵日記』 岩波新書、1976年 及び 『ゴルフの大脳生理学 (不安、動揺、緊張にうち克つ)』 カッパホームズ、光文社、1978年 などの著作があります。

H-Matsueda.jpg松枝 張氏のプロフィールは、上で転載させていただいた『ゴルフの大脳生理学 (不安、動揺、緊張にうち克つ)』 のカバーの裏にある、菊池鐐二氏の文章から読み取れます。

筆者は一度だけ氏にお会いしたことがあります。もう40年以上前のことです。筆者が物理学の分野で仕事を始めて間もないころで、場所は東京銀座七丁目のシャンソン喫茶『銀巴里』でした。グラスを傾けながら情熱的なキラキラと輝いた目に、粋なステージの光景が映っていたのがとても印象的でした。それからしばらくして、『医工学30年』 医学出版社、昭和54年(1979年)と、ここで紹介する論文の和文と英文の原稿のコピーを送ってくださいました。しかし、筆者が論文の内容を十分理解できぬままに氏の急逝の報を受け、その原稿は形見として手元に残されてしまいました。

筆者の不手際のために一時その原稿が紛れてしまっていたのですが、あるとき書類の中から偶然発見することができました。その機会に『医工学30年』と併せて読み直しました。(現在この原稿のコピーはご令嬢にお返ししています)

コピーの欄外には、『(昭和)41年の論文ですが、どこに依頼しても敬遠されています。日本の医学者にはこの様な物理がかった論文は苦手のようです。(注:医学者の「医」は後で加筆されたと見えます。ここに著者の苛立たしさが今もにじみ出ているように感じられます)今月やっと買い手?がみつかりそうです。東大の教授の様ですが暫く見守るより他ありません』 と筆者宛ての走り書きがありました。

論文の内容は門外漢の筆者には論評できませんが、一読して各所に現れるキーワードの多くが現代科学の課題でもありそうでした。論文が書かれた昭和41年(1966年)という時代に照らして、著者の視点の新しさに驚かされました。その後の関係分野の研究の発展は著しいはずなので、著者の視点が今なおどれ程有効かについては筆者には判断できません。しかし、現役の医師や研究者の皆さまには、何かの新しいアイデアがうかぶ内容かもしれません。なお、この論文の主要な部分は『医工学30年』に分散して掲載されています。

この原稿をいただいた当時、すでにコピーの劣化が激しく、やがて全ての文字が消失する危険がありました。そこで全文を記録としてここに掲載し、一人の医師、科学者の心意気を読者に伝えたいと考えました。快くこれに賛同し掲載の許可を下さったご令嬢に心から感謝いたします。

なお、ここでは本文中に登場する人物の実名はイニシャルとしました。また旧字体は新字体に変更しました。それ以外は原文のままです。

論文に含まれるほとんどの図は『医工学30年』で使われていますので、ここでは全て割愛しました。各章は専門的な話題ではありますが、専門外の読者にも興味をそそられる興味深い話題もあって、それぞれが随筆としても読めます。従って、図を全て省略することによる支障はないと判断しました。

もし本文の話題に啓発された新しいアイデアが読者の皆様から生まれれば、それこそ故人の望みに叶うものに違いありません。その節は故人のアイデアが必ず引用されるものと筆者は固く信じています。(2009年8月記す)(2015.10.再考)

2019年秋から世界中へ瞬く間に拡がったCOVID19によって、私たちの生活様式や意識に急激な変化が生まれたのではないでしょうか。私たちそれぞれの死生観が問われる機会になっていると思います。日本では東京オリンピックの開催に執着するあまり、医療、福祉、科学、財政などなどに求められる本来の優先順位がゆがめられていて、この状況がどのように改善されるものか、その見通しも私たちにはうかがい知れない状況に見えます。このような今、もし氏がご存命だったとすると、どのようなコメントをされただろうと思います(2021.5 更新)

『血球計算より放射線学へ(From Cell Counting To Radiology):物理学を学んだ医師の実験と随想』 松枝 張

1. 緒言
2. 血球計算について
3. 赤血球計算より発展して行った研究
4. いわゆるantisphering factor より
5. INAH 血中濃度について
6. 界面現象を変化させる方法
7. 結核患者の胸部に長期荷電を試みる実験
8. 通電の中毒現象その他
9. 電気と生体
10. 赤血球の利用
11. 生体の微小構造
12. 放射線への応用
13. 放射線効果の本質
14. 結語

(*今年2021年、プロゴルファーの松山秀樹選手はマスターズ・トーナメントで、日本人またアジア人として初めて優勝しました。上記の著書のカバーには、次のような氏の言葉も掲載されています。2021.5追記)

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