9 おやおや、こんなことに
投稿日 : 2021.06.14
ごく最近のこと、一応顕微鏡での観察を終えようかと最後のデータを記録していたとき、ちょっと試しにと吸収スペクトルを測ってみました。なにせ裏側からいろいろな内部の組織を通過して背中へ出てくる光を見るので、あるきまった厚さの均質な試料の光吸収スペクトルを測るのとは勝手が違います。しかも、心拍が止まってからかなり経った試料しかありません。新しい試料と思っても、その頃はすでにアブラムシはすっかり何処かへ飛び去って一匹もいなくなっていました。
でも、調べてみるものですね。次の図は得られたデータをみやすくまとめたものです。
左の写真はアブラムシの最後尾の部分です。なにせ時間が経っているので、内部の組織は縮んでいます。またこの段階では紫外線を照射しても光りません。青色の矩形で囲んだ部分の吸収スペクトルを記録しました。
好都合な場所を探すのに時間がかかりましたが、この状態では干物を調べているようなもので、試料の変化はなく落ち着いて探せました。写真の右側の縞はスケールで、縞の幅は正確に1mmです。
さて、右側の写真はその部分のスペクトルで、光源は顕微鏡のタングステンランプです。一番右のスケールの正方形の一片は10μです。この顕微鏡は可視光用ですので、光源のスペクトル領域は広くとれません。また、光学系の透過率の波長依存性も大きいので、吸光度を正しく見積るのは狭い波長領域に限られます。しかし、奇妙な影を発見しました。
左の写真から、矩形に囲まれた部分にみえる茶色の組織の位置に対応して、スペクトルに現れる黒くなる部分(光吸収が多くなる部分)が違うのがわかります。これは光の吸収される度合いが場所によって違い、でたらめでなく連続的に変わっていることが判ります。
また、もっと不思議なことも見つかりました。スペクトル下の方に見えるように、斜め右下に向かう黒い筋が見えることです。これは場所によって主に吸収される光の波長が連続的にずれている物質があることを示唆しています。
そこでこの部分の吸収スペクトルを表すOD(optical densityと呼ばれ、入射光の強度を透過光の強度で割った量の常用対数)を求めてみました。次のグラフは、ODのスペクトルを三次元的に示したものです。横軸は波長で左へ向かって長くなります。
オレンジ色の矢印は、スペクトルの黒い影とグラフに現れる光吸収帯との対応を示します。確かに場所によって光吸収が大きくなる波長が連続的に違っている部分が現れていることが分かります。
これはこの狭い範囲の組織に含まれている物質が複数あって、それぞれ違った電子状態を示すことを暗示しています。
次のグラフは右側のスペクトルの写真に示した白の2本の横線に挟まれた部分を積分した吸収スペクトルです。移動平均によって滑らかにしたものが点で示されています。(このグラフの横軸は右向きに波長が長くなりますので、上の色付きのグラフとは逆になっています)これから、この段階の試料では、オレンジ色から赤色の光も強く吸収されています。つまり、これが、体のどの部分もほとんど不透明に見える理由と思われます。
このように吸収される光の波長が、場所によってでたらめではなく、ある一定の秩序を保って違っているのは、たまたま顕微鏡で見ている部分の組織が、少しずつ違った成分の薄い層の重なりからできているからかもしれません。
なにしろ、この試料のアブラムシはすでに茶色でほとんど不透明ですし、内部の組織が収縮して、まわりに隙間ができています。観察していた部分は、組織の断片のように見える部分です。ですから、これは皮膚?の内面にあるはずの、外部の光を遮断するために備わっている多層膜のような組織の断片を、偶然見ていたことになるのかもしれません。
もしそうなら、最後尾から時計回りに不透明な部分が頭部へ向かって移動していったように見えたのは、茶色に見える物質が同じ厚さで後ろから前へ拡がったためと考えることができます。なぜなら、アブラムシの胴体を背中からみて、お腹側から入って、胴体を突き抜ける光を見ているのですから、周縁部の表面は湾曲しているために、吸収が起きる部分が重なって見えます。そのため、膜の性質がどこも同じように変化していったとしても、胴体の真ん中よりは縁の方が濃く見えるはずで、そのために周辺部が不透明になって移動して見えたと考えることができます。時計回りに変化したのは、内部の組織の分布によって、その領域だけがよく見えたということでしょう。
詳しいことを調べるには専門的な調査や分析が必要で、光の吸収スペクトルももっと詳しく測定する必要があります。また、アブラムシをCTやMRI、電子顕微鏡で調べた写真を見たいものです。
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