7 2個のフォトンで励起子分子が
投稿日 : 2021.12.18
準備を整え、いよいよ下心一杯の実験を始めました。
MLやMT発光スペクトルに分光器の波長を固定し、励起子(Z3励起子)の共鳴エネルギーを含む領域を色素レーザーの波長を連続的に変化させて発光の強度の変化を測定してみました(こうして得られるものは励起スペクトルと呼ばれます)。励起子の共鳴領域にレーザー光の波長が向かうにつれ、発光の強度が予想通り強くなってきます。ところがある波長でいきなり強度が増え、すぐに弱くなりました。何だこれ!
まだ光吸収が少ないはずの波長です。不純物による鋭い光の吸収線がよく見られる領域です。「そんなところで励起子分子ができるはずはない、さては」と内心「しめしめ」と思いました。
その時に得られた励起スペクトルと同じようなものが、右のグラフです。ML発光にもMT発光にも似た構造が現れました(図のAです)。そして、励起子の共鳴領域(B)でも強度の増大が見えました。ここでは励起子が沢山できるので励起子分子ができてもいいわけで、これは通説と矛盾しません。
どうなっているのだろう? 今思い返すと夢中だったと思います。レーザーの強い紫外線をすっぽり浴びながらの暗室での作業です。
次にすることは決まっています。レーザーの波長をAの鋭い構造の位置に固定し、発光のスペクトルを測定すればいいわけです。すると、MLとMT発光に非常に鋭い構造が現れました。生のデータの一例も示しました。
励起子に共鳴する領域では、通常のML,MT発光が得られました。Sとあるのは以前から知られていた格子欠陥の関係した発光です。やはり不純物か何かで発光が出て、運悪く励起子分子の発光スペクトルに重なっていたんだ。そう思いました。磁場を加えた実験もしましたが、ゼーマン分裂をするようなものではありませんでした。
今度は鋭い発光線の励起スペクトルを測定することです。やはり、Aの領域に鋭い構造がみえました。
そこでこのフォトンエネルギーを見積もってみました。
(ここで恥ずかしいことですが、当時筆者は波長をエネルギーに換算する時に、空気の屈折率を考えに入れることを認識していませんでした。そこまで詳しくエネルギーを決める必要を感じたことがなかったのです。論文を発表するとさっそく、「空気の屈折率を忘れているよ」と親切なコメントがGrunから届きました。そうなんだ、この業界では。一つ勉強をすることになりました。したがって、ここで示すスペクトルの横軸はおよそ1meVほど大きくなっています)
そのエネルギーは3.187eVでした。そこで初めて「なになに? 2倍するとそのころ筆者が聴いていた励起子分子のエネルギー、6.370eVに近いな! と気づきました。しかし、筆者はその意味をとっさには理解できませんでした。1974年の夏ぐらいだったでしょうか?
この事実を物理学会で発表したのですが、どんな質問が出たかは覚えていません。休み時間にGotoから、「2光子吸収じゃない?」 といわれ、1973年の2月中頃に励起子分子の2光子吸収についてのHanamuraの理論が発表されていたことを知りました。しかも、1974年の7月にはドイツでの国際会議で、GaleとMysyrowiczが吸収スペクトルとM発光の励起スペクトルで花村理論の検証を行った報告をしていたことを知りました。筆者たちはHanamuraの理論をまったく知らなかったのです。多分筆者だけが知らなかったのでしょう。
ということで急転直下、励起子分子を否定するどころか、その存在を自分たちでも実証したことになってしまったのです。励起子分子の2光子励起で鋭い発光スペクトルを見つけた点が新しかったということです。
(ノートを見ると)その年の11月5日だったようです。筆者はそれまで面識のなかったHanamuraに直接電話をしてこちらの実験結果を話し、コメントを求めました。
すると、「波数2K0の励起子分子がBEC(ボース・アインシュタイン凝縮)を起こすのです」ということでした。2K0とは2光子共鳴での一個のフォトンの運動量K0とすると、出来る励起子分子の波数はその2倍ということです。
実際レーザーの強さを増やすと次のスペクトル(a)が得られる。励起子から分子ができる時は(b)のようなM発光が得られ、これと比較すると(a)では、丁度波数がゼロ付近の励起子によって鋭い発光が得られることがわかりました。
BEC? あの悪名高いBEC? こんどはこちらへお鉢が回ってきたのか! 正直そう思いました。あの盛り上がりと熱の冷める様子が頭をよぎりました。
筆者には波数2K0の励起子分子のBECといわれても、統計力学の教科書で習うBECとはかけ離れていてピンときませんでした。なぜなら、その波数では、小さいとはいえ励起子分子の最低エネルギーではありません。それに熱平衡? 更に教科書で言うBECは粒子の数が限られている場合だったのでは?
違和感が残りました。
しかし、そういうこともあるのなら調べないわけにはいきません、よくはわからない説ですが、面白そうだから話に乗ってみようと決めたわけです。
もともと筆者は、せっかくなら結果が見通せないこと(だけ?)を目指すと決めて研究活動を始めたのですから、目標として不足はなさそうに思えたのです。ですから、論文のタイトルも「BECが見つかった」というノリで原稿ができました。
グループの連名で発表する論文ですから、あまりあれこれ気を遣うと躊躇しますが、どうせ責任は自分でとればいいので、嘘だったらメンバーにはごめんなさいといって、論文を修正すればいいと。ただ嘘なら嘘は自分で実証したい。それがその後この研究を長年続けた動機です。
とにかく、論文の題目は訂正もなくそのまま出版されました。
コメント