10 非線形光学

投稿日 : 2021.12.20


M.Geppertは非線形光学の祖といえます。「非線形」と物理学でいう場合の基本は、フックの法則から外れるような現象を指します。つまり、バネに加わる力が強くなると伸びが力に比例しない領域の現象を指します。

伸び(変位)に電荷を付けたものが電気分極ですから、原子の電子に強い電場が加われば分極も電場の大きさに比例しなくなります。その分極をフーリエ分解して得られる、各周波数で振動する分極が光源となって、それぞれの周波数(波長)の光が発生します。この光を扱う光学のジャンルが非線形光学です。

発生する分極の周波数は色々ですが、それぞれの現象によって違った名前が付けられ、例えば赤外線の波長が半分になる(周波数が二倍になる)第二高調波発生(SHG)などが代表的なものです。また、パラメトリック・ダウンコンバージョン(ある色の一個のフォトンが2個の波長が長くなった光に変換される現象)が量子暗号など、光子レベルの研究に使われます。

筆者たちは励起子分子を調べる都合で一台の色素レーザー装置で同時に2波長を自由に発生させるように改良し、波長の違った二つのレーザービームを同時に試料に照射する実験をしていました。そのとき、偶然片方の光を励起子分子の二光子共鳴させると、二つの周波数、ωとωに対して、2ω1、2ω21、3ω-2ω、・・・などいろいろな周波数(波長)の光が非常に効率よく出ることを発見しました。これは4光波混合( Four-wave mixing, FWM)と呼ばれる現象です。右はその当時の生のデータの一部です。中心の二つの山が入射させた光の散乱光、その両側に見える山が混合光です。そこで短い論文を書いて1977年12月初めに受理されました。abc0e51bbb472e5e781dc156bf97e094f605e7fb.jpg

同じころフランスの日本のNTTのような組織の研究者のMaruaniらも、筆者らと同じような試料で、周波数(色)が同じ一本のビームを2本に分けて、二つの方向の違う(波数の大きさは同じで向きだけが違う)ビームとして二光子共鳴させ、同様な現象が効率よく起きることを発見しました。これは彼の博士論文となりましたが、この場合はいくつも同じ色のビームが左右に対照的に表れ、とても美しい写真が撮れました。彼等は光エレクトロニクスという光学のジャンルの興味で最初からこの非線形光学現象を調べたもので、1978年の5月に論文が受理されました。この研究は筆者のように分光学的な興味でしかも偶然見つけたというものではなく、とても世間にアッピーリングでした。筆者はその方面への興味はありませんでしたが、スペクトル幅の広いレーザーの光にはその幅の範囲には色々な周波数の光(互いに位相関係があるものや、無関係なものが)混じっているので、この発見は筆者たちの考えの幅を拡げる上でとても教育的でした。

似た非線形光学現象に位相共役波発生(phase Conjugation)という現象があります。この現象の原理を次の図で示しました。1ece4132304e8cafd1e693fa5c81f563dc72605b.jpg

試料に向かい合わせに同じ周波数の光を照射し、別の角度から3番目の光を同時に照射すると、緑の矢印で示したような光が出てきます。位相共役波は1,2,3の光が照射されている試料が、三番目の光に対して一種の鏡になって戻ってくるような現象です。ただ、普通の鏡では左右が逆になっていますが、この鏡の場合は左右の反転はありません。またパルス光の場合には出てくる光は映画を逆回しにする(時間を逆転させる)ようにでてきます。プールでターンして、足から進んでくるようなものです。次の絵は普通の反射で、reflection-seiuchi.jpg

位相共役の場合は次のようになります。

phase-conjugation-seiuchi.jpg

筆者はこの現象の面白さを、1981年フランス・アルプス、AussoisのP.ランジュバンセンターでの会合で知りました。運悪くその時筆者は風邪にかかって高熱の中で、休みの日には参加者がスキーを楽しむのを横目に、ひたすら宿舎で寝て体調の回復を待ったものでした。

この光学現象は、塩化銅の場合は波数がセロの励起子分子状態が本質的に関係しますので、さっそく試してみる価値があると筆者は思いました。そして、筆者のグループのMizutaniがこれを実験で確かめることに成功し、1983年の1月17日に論文が受理されました。

誰でも同じことに気づくもので、一緒に会場にいたMysyrowicsたちも同じころに測定に成功し、同年9月26日に論文が受理されました。彼らも筆者たちも、主な興味は非線形光学ではなく励起子分子にありましたので、後に共同研究をする一つの要素になりました。