33-2 ネコ探し

投稿日 : 2021.10.16


量子力学を使って安全な通信ができるといっても、まずは「変な猫」を探してこなくては始められません。隣の猫を借りてきても、役に立ちません。

ベルは素粒子の実験施設にいるとしました。アスペは「変な猫」を原子の世界で見つけました。また、これまで実際に「変な猫」を利用する実験を続けている研究者たちは、レーザーの助けを借りて連れてきました。彼らはどのように連れてきたのでしょう。ここで前に紹介した「方違い」の話が役にたちます。

次の図は「変な猫」を連れてきた例を示しています。cat souce.jpg

左側はアスペがカルシウム原子で「変な猫」見つけた例です。カルシウム原子の家にいた電子は、一個のレーザーのフォトンで「方違い」でいつも寄るお寺に向かうのですが、途中でもう一つのレーザーのフォトンの力を借りて目的地の別荘へ行って滞在します。そしてフォトン一個を出してもう一軒の別荘へ寄ってから、更にもう一個フォトンを出して家に帰ります。

このようなことを繰り返すようにさせるのですが、最初に滞在する別荘を離れる時期はカルシウムの電子の気分次第ですので、決まっていません。すぐの時もあれば数か月後のこともあります。詳しい話は省略しますが、この電子が最初の別荘から家に帰るまでに出す2個のフォトンが「変な猫」状態になっています。

アスペは別荘へ行くときに使う2個のフォトンのエネルギーと、家に戻るときに出す2個のフォトンのエネルギーをそれぞれ違ったエネルギーにしました。これは別荘から帰るときに、もし別荘に行くときに使ったフォトンがあれば、「のっぺらぼう」話の時に説明した、n+1のnの効果(誘導放出)をなくすることも考えながらネコ探しをしたのだと想像できます。

量子通信を実際に実験でテストするための「変な猫」は、図の右のような電子の遷移で生まれます。この場合、俗に非線形結晶呼ばれるものから「変な猫」が登場します。

この結晶の中に強いレーザーの光を通すと、時々その光のエネルギーが半分(波長が倍)になった2種類の光が一対となって出てきます(正しくは波長が違っていても、2個のフォトンのエネルギーの和が元のフォトン一個分のエネルギーになればでてきます)。しかも、光が進む速さ、つまり光の屈折率が結晶の構造の特質によって違っていて、発生したそれぞれの光は図のように円錐形を描く方向に進むことが知られ(フォトンの運動量の保存則を考慮して最も効率よく光が出てくるように結晶を磨いた結果です。位相整合と呼ばれる技術です)、さらに、それぞれの出力光の偏光の方向は互いに直交するようになります。ですから、2個の円錐が交わる場所では、縦と横に偏った偏光が混じります。この状況がまれに実現するわけですが、この交わった部分のフォトン対が「変な猫」になっていることが知られています。アスペの方法に比べて、こちらの方が光ファイバーなどすでに広く使われている性能の保証できる部品が使えるので、「変な猫」を手なずけやすく、大抵の実験ではこの方法が採られています。

ここでもう少し「変な猫」について数学的な性質に触れておきます。

ここではエカートのアイデアに沿ってこの猫を飼いならしますが、簡単のためにこの猫の発生源としてはアスペ流の架空の原子を考えます。一組の縦と横のフォトンの一方を死んだ猫(横偏光のフォトン:ψ(H)、もう一方を生きている猫(縦偏光のフォトン:ψ(V)として、どこかで猫の状態が観測されるまでは、猫は「変な猫」という「重ね合わせ」の状態、ψ(H)+ψ(V)になっています。

アリスが横フォトンを観測すると、ボブは自動的に縦フォトンを観測できますから、二人がそのような観測をする確率振幅はψA(H)・ψB(V)になりそうですが、実は違います。というのは、アリスが縦フォトンを観測する場合も同じだけあるからです。これはいいかえると、縦と横のフォトンを入れ替えたは波動関数の積ψA(V)・ψB(H)の分も考慮しなくてはなりということです。どのように考慮するかについて、すこし難しい話があります。

これは、アリスが横のフォトン観測して、ボブが縦のフォトンを観測する状況を逆にする作業の後に、もう一度入れ替え作業をすると、当然元に戻るわけですが、この事実を数式で表現することによって理解できます。すなわち、数学や物理学では、入れ替えるという作業を、ある関数に加える操作として捉え、それを記号で表します。ここではそれをOと書きます。

そうすると、O[ψA(H)・ψB(V)]=ψA(V)・ψB(H)表現できます。ここでもう一度取り換えると元に戻るので、O[ψA(V)・ψB(H)]=O2A(H)・ψB(V)]=ψA(H)・ψB(V)となります。ということは、O2=1となります。

このように数に操作を加える作業(オペレーション)を表すOは作用素(オペレーター)と呼ばれ、Oを数のように扱えることが知られています。そのため、Oには+1とー1があることになります。つまり、O[ψA(H)・ψB(V)]には、ψA(V)・ψB(H)と- ψA(V)・ψB(H)があります。となると、「変な猫」の波動関数としてはどちらがふさわしいのでしょう? 

実際は、O=ー1を使うことがふさわしいことが知られています。これは実は経験的なことで、こうすれば実情を説明できるというだけで、本当の理由はまだ解明されていないはずです。ここではそういうものだということにしておきます。

結局、「変な猫」をアリスとボブが観測する確率振幅は ψ=ψA(H)・ψB(V)ーψA(V)・ψB(H)となります。本当はこれを√2で割ることになっています。どうしてか考えてみてください。